慶應義塾大学生物2012年第1問
ミトコンドリアの内膜には、解糖系やクエン酸回路でつくられた還元型補酵素Xを用いてATPを合成する酵素が含まれている。ATPの合成過程を明らかにするため、次の実験を行った。
【実験I】ネズミの肝臓の細胞から(1)ミトコンドアだけを多数分離し、還元型補酵素Xは含まれているが、酸素の全く含まれていない懸濁液中に保持する(図1)。図に示すようにpH電極で水素イオン(H+)を測定(注*)しながら、ある時点で少量の酸素を含む溶液をこの懸濁液に加えると、懸濁液の水素イオン濃度は一気に上昇し、(2)やがてもとのレベルに戻った(図2のa)。同じ実験をあらかじめ懸濁液中に(3)ジニトロフェノール(注**)を加えた条件で行った結果を図2のbで、トリトンX-100(注***)を加えた条件で行った結果を図2のcで示す。
- 注* 水素イオン濃度変化が測定されるのは、ミトコンドリアの外膜には水素イオンに対する透過性が備わっているので、ミトコンドリア内膜にある電子伝達鎖を介して生じた水素イオンは、内膜と外膜の間のスペースから懸濁液へ向かって拡散するためである。
- 注** ジニトロフェノールは薬物で、電子伝達鎖を構成するタンパク質群での化学反応に直接には影響を与えない。
- 注*** トリトンX-100は薬物で、筋収縮の実験のためグリセリン筋を作る際に用いるグリセリンと似た作用を持つ界面活性剤。
- 問1 ミトコンドリアの分離には細胞分画法が用いられる。植物細胞にこの方法を適用した場合、沈殿物としてミトコンドリアよりも先に得られる細胞小器官を、得られる順に2つ答えなさい。
- 問2 これは少量の酸素が消費されつく したためと考えられる。酸素は何という化合物に変わったか、分子式で答えなさい。
- 問3 図2のbでは水素イオン濃度の変化は少し見られたが、あまり上昇しなかった。図2のcでは水素イオン濃度はほとんど変化しなかった。この違いはジニトロフェノールとトリトンX-100のミトコンドリアに対する作用の違いに起因する。ジニトロフェノール(問3-1)とトリトンX-100(問3-2)の作用を、それぞれ答えなさい。注*~***を十分参考にしなさい。
実験Iは電子伝達系の働きで水素イオン(H+)が輸送されることを示している。ある研究者は輸送された水素イオン(H+)がミトコンドリアの内膜と外膜の間のスペースに貯まり、これがエネルギー源となってATPが合成されると仮定した。貯まった水素イオン(H+)によって実際にATPが合成されるかどうかを調べるため、次のような実験を組み立てて、結果を得た。
【実験II】細胞膜の脂質二重膜を模した人工膜でできている小胞をつくる。小胞の膜にミトコンドリアで見られるATP合成酵素を埋め込み、さらにある種の(4)輸送タンパク質も埋め込んでミトコンドリアのモデルとした。このミトコンドリアモデルを懸濁液中(注****)に保持し、光を照射して(5)輸送タンパク質を活性化させると、小胞の内部での(6)(7)ATP合成が確認できた。
- 注**** この懸濁液には酸素が含まれているなど、ATP合成を可能にする条件が整えられているものとする。
- 問4 どのような働きを持つタンパク質を埋め込んで、実験目的に合致したモデルとしたのか。
- 問5 この輸送タンパク質が酵素としての性質を持っているとしたら、その活性を可逆的に変えると思われる物理的要因を、光以外に1つ答えなさい。
- 問6 実験IIの懸濁液(1)、小胞の膜(2)、小胞の内部(3)はそれぞれ、実際のミトコンドリアで何と呼ばれている部分に相当するか答えなさい。それらを、模式的に断面図で描いたミトコンドリアに矢印で示し、対応する番号(1~3)もつけて明確に図示しなさい。
- 問7 ATPの合成はミトコンドリアだけでなく、葉緑体でも行われる。そのしくみは、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化のしくみとよく似ている。葉緑体にATPを合成させる次の実験IIIを行った。実験説明文の空欄( ア、イ )にふさわしい語を入れ、選択肢( ウ )は選んで答えなさい。
【実験III】葉緑体は外膜と内膜の2枚の膜で囲まれた細胞小器官で、その内部には、液状の( ア )と、扁平な袋状の( イ )がある。植物から分離して集めた葉緑体をpH4の溶液に浸しておく。( イ )の内部がpH4になった後、この葉緑体をpH8のアルカリ性の溶液に移した。そして、この溶液を(ウ:明所、暗所)に置いておくと(8)ATPの合成が確認できた。しかし、葉緑体をpH4の溶液に浸しておく時間が不十分で、( ア )だけがpH4になっていた場合にはATPは合成されていなかった。
- 問8 ATPを合成する酵素が含まれている部分は葉緑体のどこか。下の選択肢(A~E)から選んで記号で答えなさい。
- A:葉緑体の外膜
- B:葉緑体の内膜
- C:( ア )
- D:( イ )の膜
- E:( イ )の内部