愛知医科大学生物2013年第4問
生物は、外界からの異物の侵入を防いだり、侵入した異物を排除するしくみを備えている。異物を非自己物質と認識して、排除するしくみを免疫という。免疫は生まれつき備わっている自然免疫と、生後獲得していく獲得免疫とに分けられる。また、獲得免疫には抗体が関与する体液性免疫とリンパ球などが直接異物の排除に関与する細胞性免疫がある。体液性免疫はB細胞によって産生される抗体が抗原と特異的に反応し、抗体と結合した抗原を特殊な白血球が取り込むことによって排除する。また、抗体は血流にのって循環するとともに、だ液や腸内へ分泌され、新たな異物の侵入を阻止する。細胞性免疫は抗原によって刺激されたT細胞が病原体に感染した細胞や異物と認識した組織を見つけ出し、攻撃し排除する。このときに重要な役割を果たすのが細胞表面に存在する主要組織適合抗原とよばれるタンパク質である。そのため臓器移植を行う時にはできるだけ主要組織適合抗原の型が一致したものどうしで行われる。
獲得免疫はさまざまな病原体の抗原と自己の抗原を区別し、認識するために巧妙なしくみで多様性をつくりだしている。ヒトのB細胞はそのしくみによって数千万種類もの抗体をつくりだすことができると考えられているし、T細胞の表面にある抗原を認識するタンパク質も同様の仕組みで多様性をつくっている。その中には自己を認識するものもあるため、細胞が分化し成熱していく過程において自己を攻撃する可能性のあるリンパ球は排除されていく。しかし、時には自己に対する抗体ができてしまい、自己免疫疾患をひき起こすことがある。例えば、重症筋無力症はアセチルコリン受容体に対する抗体ができてしまったために脱力がおこり、頭著に筋力が低下する疾患である。
免疫のしくみは、病気の予防、治療、診断にも利用できる。予防接種はあらかじめ病原性を消失させた病原体などをワクチンとして接種することで、発病を予防することができる。例えば、アフリカや南米の一部の国に旅行するためには黄熱の予防接種をする必要がある。治療法としては、毒ヘビにかまれたときなど緊急に毒素を排除しなければならない場合、あらかじめウマなどの動物につくらせた毒素の抗体を含む血清を注射する血清療法がある。診断としては病原体の抗原に対する抗体の量を測定することで病原体に感染しているかどうかがわかる。
- 問1. 結核菌由来のタンパク質を皮下注射すると、結核菌に感染したことがあるヒトの場合は、1~2日後にその部分が赤くはれる。この反応をツベルクリン反応という。 ツベルクリン反応は体液性免疫によるものか細胞性免疫によるものかを調べるため、ツベルクリン陽性のモルモットと陰性のモルモットを用いて次の実験を行った。次の(1)~(6)に「陽性」あるいは「陰性」のいずれか適切な方を選んで入れよ。ただし、答えが陽性の場合は+と、陰性の場合は-と記せ。
ツベルクリン(1)のモルモットから血清を取り出し、ツベルクリン(2)のモルモットに注射したところ、ツベルクリン反応は(3)であった。一方、ツベルクリン(4)のモルモットのリンパ球をツベルクリン(5)のモルモットに注射した場合はツベルクリン反応は(6)になった。このことからツベルクリン反応にはリンパ球が関与していると考えられる。 - 問2. B細胞の抗体産生のしくみについて、次の(ア)~(オ)に適切な数字を記入せよ。
抗体は、免疫グロブリンとよばれるY字型のタンパク質で、(ア)本のH鎖と(イ)本のL鎖からできている。抗原と結合する部分は可変部とよばれ、抗体の種類によってアミノ酸配列が異なる。そのほかは定常部とよばれ、どの抗体でも同じである。限られた遺伝子から多様な抗原に対応できるのは、抗体の遣伝子が組換えられるからである。未熟なB細胞では、可変部をつくるための遺伝子は断片として存在し、グループを形成している。H鎖の可変部の造伝子は(ウ)つの、L鎖の可変部の遭伝子は(エ)つのグループに分断されて存在し、B細胞が成熱するにつれ、それぞれの断片の中から1つだけ選ばれ遺伝子が組換えられる。このしくみのおかげで限られた遺伝子から膨大な種類の抗体をつくりだすことができる。また、成熱したB細胞は特定の組合せのH鎖とL鎖の遺伝子を持つことになり、成熟した1つのB細胞は(オ)種類の抗体しかつくることができない。
- 問3. アセチルコリン受容体に対する抗体が重症筋無力症をひき起こす理由について、次の(ア)~(オ)に適切な語句を記入せよ。
骨格筋は運動神経によって制御されており、運動神経の軸索の末端は骨格筋の表面で(ア)を形成している。興奮が伝わると神経終末から(ア)間隙にアセチルコリンが放出され、終板に存在するアセチルコリン受容体と結合する。アセチルコリン受容体にはチャネル部位があり、アセチルコリンが結合するとチャネルが開き(イ)が細胞内へ流入し、活動電位が生じる。活動電位の刺激によって(ウ)に蓄えられている(エ)が細胞質へと放出される。(エ)が(オ)と結合すると、アクチンフィラメントとミオシンフィラメントが相互作用できるようになり、筋肉が収縮する。重症筋無力症患者のアセチルコリン受容体に対する抗体はこの神経と筋肉の接合部の情報伝達を妨げるため、脱力がおこる。
- 問4. ウマにつくらせた抗毒素血清を用いた治療は同じヒトには何度も行えない。その理由を記せ。
- 問5. 黄熱のワクチンは接種後10日から有効となり、その後10年間有効であるとされている。(a) なぜ接種後有効となるまでしばらく時間がかかり、(b) なぜ10年もの長期間有効であるのか、その理由をそれぞれ記せ。
- 問6. ヒトの主要組識適合抗原は同じ染色体上の近接した6つの遺伝子群(HLA-A、-B、-C、-DR、-DQ、-DP)によってつくられ、これらの遺伝子は優性・劣性の別なく発現する。それぞれの遣伝子群には多数の対立遺伝子が存在し、これら6つの遺伝子間では組換えはほとんど起こらないことが知られている。また、臓器移植に重要なのは6つの遺伝子のうちHLA-A、-B、-DRの3つの遺伝子である。以下の問に答えよ。
- (a) 同じ両親から生まれた子の間で主要組織適合抗原が完全に一致する可能性は何分の1か。
- (b) 臓器移植に重要な主要組織適合抗原の3つの遺伝子群にそれぞれ20種類の対立遺伝子が存在すると仮定すると、他人と3つのHLAが完全に一致する可能性は何分の1か。