藤田保健衛生大学生物2013年第3問
ミトコンドリア(mitochondria)の語源は、mito=「糸」chondria=「粒」で、その形態に由来している。ミトコンドリアの模式図として、教科書ではよく図3のように描かれているが、実際の細胞内での形(図4)は、その名が示すとおり、細長くのびた糸状を呈していることが多い。図3に示すように、ミトコンドリアは外膜と内膜の二重の膜で包まれた構造をしている。解糖系の最終産物である(1)ピルビン酸はミトコンドリアの( ア )に存在するクエン酸回路によって完全に分解され、二酸化炭素と多量の[H]が生じる。[H]は補酵素Xと結合した後( イ )に存在する電子伝達系に運ばれる。電子伝達系のタンパク質の間で電子が受け渡される際に、水素イオンは( ウ )から( エ )へくみ出される。(2)ATPは、この水素イオンの濃度勾配を利用して、ATP合成酵素により合成される。そしてエネルギーを運んだ電子は、水素イオンとともに最終的に酸素と結合して水になる。
ミトコンドリアは、二重の膜に包まれていること、独自のDNAをもっていることなどから、大昔に好気性の細菌が真核生物の内部に共生したものと考えられている。(3)ヒトのミトコンドリアのDNAは環状で、約16,500塩基対の大きさをもつ。ミトコンドリアDNAには全部で37個の遺伝子がのっているが、そのうち13個は呼吸関係の酵素、2個はrRNA、そして残りの22個はtRNAの遺伝子である。また、Dループと呼ばれる遺伝子がのっていない1,100塩基対の領域が存在している。
DNAの塩基配列は、放射線や化学物質などさまざまな要因によって長い年月の間に少しずつ変化していくが、(4)ミトコンドリアDNAの塩基配列は、核内のDNAの塩基配列と比べて、5倍から10倍くらいの速さで変化することが知られている。このことを利用して、ヒトの進化や系統を調べたりするのに、ミトコンドリアDNAがよく用いられている。また、ミトコンドリアDNAの変異が原因で起こるミトコンドリア病も知られるようになってきた。(5)ミトコンドリアDNAの3分の1が欠失することで発症する慢性進行性外眼筋麻痺症候群(CPEO)は、筋組織や神経組織で障害が現れる病気で、母性遺伝はしない。CPEOの診断は、チトクロームc酸化酵素を欠損した筋繊維を検出することにより行われる。血液での遺伝検査だけでは変異が見つからないことがある。
細胞内でのミトコンドリアの挙動を調べるために、ミトコンドリアに特異的に取り込まれてミトコンドリアを染色することのできる蛍光色素を用いた実験が行われた。緑色の蛍光色素でミトコンドリアを染色した細胞と、赤色の蛍光色素でミトコンドリアを染色した細胞をそれぞれ用意して、この2つの細胞を培養下で融合させた。その後、細胞を生きたまま観察することのできる蛍光顕微鏡を使って、ミトコンドリアの観察を続けた。その結果、(6)10分後には赤色と緑色のものの他に黄色に見えるミトコンドリアが現れ、2時間後にはほとんどのミトコンドリアが黄色に見えるようになった。
- 問1 文中の( ア )~( エ )にもっとも適当と思われるミトコンドリアの領域を、図3の(1)~(4)の中から1つずつ選び、その番号を記せ。ただし、(1)は外膜、(2)は内膜をさし、(3)は(2)で囲まれた空間、(4)は(1)と(2)で囲まれた空間をさすものとする。番号は重複して選んでも構わない。
- 問2 下線部(1)について、1分子のピルピン酸が二酸化炭素と[H]に分解される過程を化学式で記せ。
- 問3 下線部(2)について、このような方法でATPをつくる反応を何と呼ぶか、その名称を記せ。
- 問4 下線部(3)について、ミトコンドリアDNAに関する次の(1)~(6)の記述のうち、適当と思われるものをすべて選び、その番号を記せ。
- (1) ミトコンドリアDNAは、S期に核内のDNAとともに複製される。
- (2) ミトコンドリアDNAは、ミトコンドリアの中に1個ずつ存在する。
- (3) ミトコンドリアDNAは、核へ移動し、核内のRNAポリメラーゼによって転写される。
- (4) ミトコンドリアDNAは、ミトコンドリア内で転写され、翻訳される。
- (5) ミトコンドリアDNAにイントロンは存在しない。
- (6) ミトコンドリアの生存と維持のための遺伝情報は、ミトコンドリアDNAだけでまかなわれている。
- 問5 下線部(4)について、
- 1) ミトコンドリアDNAの塩基配列が変化する速度が、核内のDNAのそれと比べて速いのは、どのような理由によると考えられるか。次の(1)~(5)の中から、もっとも適当と思われるものを1つ選び、その番号を記せ。
- (1) ミトコンドリアDNAは、核内のDNAと比べて複製される回数が多いから。
- (2) ミトコンドリアDNAを複製する酵素は、核内のDNAを複製する酵素と比べて、複製の精度が劣っているから。
- (3) ミトコンドリアDNAは、呼吸で使われる酸素によって傷害を強く受けるから。
- (4) ミトコンドリア内は、さまざまな代謝が活発に行われているために、核内と比べて温度が高くなっているから。
- (5) ミトコンドリアは、発がん物質を取り込みやすいから。
- 2) ミトコンドリアDNAの中でも塩基配列が変化する速度には差があり、遺伝子がのっていないDループの領域は、遣伝子がのっている領域と比べてさらに4~5倍多く塩基置換が見つかる。これはどのような理由によると考えられるか、簡潔に記せ。
- 1) ミトコンドリアDNAの塩基配列が変化する速度が、核内のDNAのそれと比べて速いのは、どのような理由によると考えられるか。次の(1)~(5)の中から、もっとも適当と思われるものを1つ選び、その番号を記せ。
- 問6 下線部(5)について、
- 1) CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺症候群)に関する次の(1)~(6)の記述のうち、誤っているものを3つ選び、その番号を記せ。
- (1) CPEOは父性遺伝する。
- (2) 体中の細胞のミトコンドリアがすべて欠失型のミトコンドリアDNAをもつことが原因で、CPEOは発症する。
- (3) 細胞分裂の際に、欠失型のDNAをもつミトコンドリアと、正常なDNAをもつミトコンドリアが均等に分配されないことが原因で、CPEOは発症する。
- (4) CPEOの患者では、正常なミトコンドリアをもっている細胞と、異常なミトコンドリアをもっている細胞が混在している。
- (5) 欠失型のミトコンドリアDNAが生じても、そのようなDNAをもつミトコンドリアの比率が細胞内で小さければ、CPEOは発症しない。
- (6) CPEOの患者では、ミトコンドリアDNAの3分の1が欠失するために、多くの細胞でミトコンドリアは失われてしまう。
- 2) この病気の症状が神経組織や筋組織で強く現れるのはなぜか。その理由として考えられることを簡潔に記せ。
- 1) CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺症候群)に関する次の(1)~(6)の記述のうち、誤っているものを3つ選び、その番号を記せ。
- 問7 下線部(6)について、2時間の間に赤色と緑色のミトコンドリアの間で何が起きたものと考えられるか、簡潔に記せ。