日本医科大学生物2012年第3問
マウスの小腸は、図1に示すように、(1)上皮組織、結合組織、(2)筋組織、神経組織の4つの組織で構成される。上皮組織に存在する上皮細胞はすべて、組織幹細胞の1つである上皮幹細胞(図1、黒で示した細胞)からつくられ、絶えず入れかわっている。上皮幹細胞は柔毛(じゅうもう)の下のくぼみに存在し、分裂すると細胞の1つは幹細胞自身となって元の位置にとどまる。もう1つの細胞は通常、柔毛の先端の方へと移動しながら分化し、上皮幹細胞の分裂から5~7日後に柔毛の先端に達し、そこで(3)細胞死を起こして取り除かれる。このようにして、すべての上皮細胞は幹細胞をもとにつくられ、短い間に死んでいく。また、上皮幹細胞は、上皮細胞以外の細胞はつくらない。
この上皮幹細胞の性質を調べるために、マウスと大腸菌を使って以下の実験を行った。なお、実験で用いたDNA(遺伝子、プロモーター、特殊な配列)のうち、野生型マウスに存在するものは、プロモーターAのみであり、大腸菌にはいずれも存在しない。また、図2~5では、各遺伝子の終止コドンの位置を▲で示してある。実験で作製したトランスジェニックマウスでは、すべての細胞が導入したDNAをもつものとする。
【実験1】
上皮幹細胞のみで発現する遺伝子を探したところ、遺伝子$a$を見つけた。そこで、マウスのゲノムより遺伝子$a$のプロモーター(プロモーターA)を単離した。次に、プロモーターAを、緑色に光るタンパク質Gをつくる遺伝子$g$に連結させ(図2)、このDNAをマウスに導入してトランスジェニックマウスT1を作製した。トランスジェニックマウスT1の小腸を調べたところ、上皮幹細胞のみで緑色の光が検出された。また、野生型マウスの小腸ではいずれの色の光も検出されなかった。
【実験2】
図3に示すDNAを作製した。プロモーターBは、連結させた遺伝子を常にすべての細胞で発現させることができるプロモーターである。遺伝子$r$は赤色に光るタンパク質Rをつくる遺伝子であり、その前後にある特殊な配列PとQは、遺伝子の発現自体には影響を及ぼさない。このDNAを大腸菌と野生型マウスの培養細胞に導入したところ、導入したDNAが転写されて完成したmRNAは、どちらの細胞においても、配列Pから遺伝子$g$までを含むひとつながりのmRNAであった(図3)。ところが、大腸菌では赤色と緑色の両方の光が検出されたにもかかわらず、(4)マウスの培養細胞では赤色の光のみが検出された。
【実験3】
タンパク質Eは発現した細胞の核内で働き、図3に示したDNA上の遺伝子$r$を取り除いて、配列PとQをつなぎ合わせることができる。ただし、このタンパク質Eが働くためには、薬剤Dが必要であり、タンパク質Eがいくらあっても、薬剤Dが無い場合はタンパク質Eは働くことができない。また、薬剤Dは培養液や生体への投与が可能で、薬剤Dを投与してから取り除くまでの間、タンパク質Eの働きが持続するものとする。このタンパク質Eをつくる遺伝子$e$をプロモーターBに連結させたDNAを作製した(図4)。
実験2で図3のDNAを導入したマウスの培養細胞に、図4に示すDNAも導入した。この細胞を2つのグループに分け、片方にだけ薬剤Dを投与した。その結果、(5)薬剤Dを投与したグループでは、すべての細胞で緑色の光のみが検出され、投与しなかったグループでは、すべての細胞で赤色の光のみが検出された。なお、マウスの培養細胞を使った実験2と実験3では、いずれの組織から取り出した細胞でも、すべて同じ結果となった。
【実験4】
これまでの実験結果をふまえ、プロモーターAを遺伝子$e$と連結させたDNAを作製した。これを図3で示したDNAと共にマウスに導入し、トランスジェニックマウスT2を作製した(図5)。このトランスジェニックマウスT2を用いて、薬剤Dの投与前後の小腸を調べた。
- 問1 下線部(1)の小腸の上皮組織および結合組織は、発生の過程で以下の(ア)~(オ)のいずれから形成されるか。あてはまるものを1つずつ選び、記号で答えなさい。
- (ア) 外胚葉
- (イ) 体節
- (ウ) 腎節
- (エ) 側板
- (オ)内胚葉
- 問2 下線部(2)の小腸の筋組織にあてはまるものを、以下の(ア)~(オ)よりすべて選び、記号で答えなさい。
- (ア) 横紋筋である。
- (イ) 平滑筋である。
- (ウ) 随意筋である。
- (エ) 単核の細胞からできている。
- (オ) 多核の細胞からできている。
- 問3 下線部(3)のように、細胞にもともと備わっているしくみが正常に働くことによって起こる死を何とよぶか。
- 問4 下線部(4)で示した実験結果となった理由として最も適切なものを、以下の(ア)~(エ)より1つ選び、記号で答えなさい。
- (ア) 真核細胞では、最初の終止コ ドンでRNA合成酵素がDNAから離れてしまうから。
- (イ) 真核細胞ではスプライシングが起こるから。
- (ウ) 真核細胞ではスプライシングが起こらないから。
- (エ) 真核細胞では、最初の終止コドンでリボソームがmRNAから離れてしまうから。
- 問5 下線部(5)の細胞を、薬剤Dを取り除いた培養液に移し、引き続き培養した。その結果、すべての細胞で検出された発色は同じであった。あてはまるものを以下の(ア)~(エ)より1つ選び、記号で答えなさい。
- (ア) 赤色の光のみが検出された。
- (イ) 緑色の光のみが検出された。
- (ウ) 赤色と緑色の両方の光が検出された。
- (エ) いずれの色の光も検出されなかった。
- 問6 トランスジェニックマウスT2に薬剤Dを投与する前と、投与から1ケ月後のそれぞれの時点において、小腸の上皮幹細胞および4つの組織での発色はどのようであったか。あてはまるものを以下の(ア)~(オ)より1つずつ選び、それぞれ記号を解答欄の表に記入しなさい。
- (ア) すべての細胞で赤色の光のみが検出された。
- (イ) すべての細胞で緑色の光のみが検出された。
- (ウ) すべての細胞で赤色と緑色の両方の光が検出された。
- (エ) 細胞により赤色の光のみ、もしくは緑色の光のみが検出された。
- (オ) すべての細胞でいずれの色の光も検出されなかった。
- 問7 トランスジェニックマウスT2に薬剤Dを投与してから3日後の小腸を調べたところ、以下の(ア)~(エ)のうちいずれかの組織には、赤色の光のみが検出される細胞と緑色の光のみが検出される細胞の両方が含まれていた。あてはまる組織を1つ選び、記号で答えなさい。また、その組織では、なぜ細胞によって検出される光の色が異なっていたのか。その理由を説明しなさい。
- (ア) 上皮組織(上皮幹細胞は除く)
- (イ) 結合組織
- (ウ) 筋組織
- (エ) 神経組織