東海大学生物2013年第5問

次の文章を読んで、各問いに答えなさい。

酵素は化学反応の速度を促進させる生体触媒であり、その主成分はタンパク質である。酵素が結合できる相手の基質は決まっている。その基質特異性を規定しているのは、酵素の触媒作用の場である( 1 )の立体構造である。( 1 )は、鍵と鍵穴の関係のように基質の立体構造に適合する構造をしている。酵素(E)は基質(S)と可逆的に結合して酵素基質複合体(ES)を形成する。その後、酵素基質複合体は生成物(P)を生じる。この関係は下のように表される。

\[\text{E}+\text{S}\rightleftarrows\text{ES}\longrightarrow\text{E}+\text{S}\cdots\cdots酵素触媒関係式\]

ある血液がん細胞に強く発現しているタンパク質の遺伝子をクローニングし、マウスの正常血液細胞にその遺伝子を導入して発現させると、血液がん細胞に形質転換した。このことから、クローニングされた遺伝子は血液がんの発症に重要な役割を果たしていると推察された。そこで、その遺伝子の塩基配列を調べたところ、遺伝子Xの変異型であることが明らかとなった(以下、遺伝子X変異型とする)。遺伝子X変異型の伝令RNAを解析したところ、タンパク質に翻訳される部分の塩基数は600であった。したがって、アミノ酸1個あたりの平均分子量を110とした場合、遺伝子X変異型から生成されるタンパク質の分子量はおよそ( 2 )であることが予想された。さらに、そのタンパク質は細胞増殖を促進する働きのある酵素であり、がん細胞では変異によって酵素の活性が増強していることが明らかとなった。そこで、その酵素の活性を阻害すれば血液がんの増殖を抑制する抗がん剤が開発できるのではないかと考え、がん細胞に発現する(A)酵素の( 1 )に特異的にはまり込んで基質との結合を阻害するような化合物Yを合成し、以下の実験を行なった。

実験1 マウスの正常血液細胞を軟寒天培地で培養すると、1個の細胞由来の細胞集団で形成されるコロニーが多数検出される。このとき、化合物Yを軟寒天培地に添加してもコロニー形成数に変化は認められなかった。一方、遺伝子X変異型を導入したマウス血液細胞に化合物Yを添加すると、化合物Yの濃度依存的にコロニー形成数が減少した。

実験2 マウス血液細胞を採取して遺伝子X変異型を導入し、これをマウスに移植することによって血液がんを発症させた。このマウスに化合物Yを投与すると、血液中のがん細胞数は著明に減少し検出限界以下となった。しかし、長期間にわたって追跡すると、化合物Yを投与し続けているにもかかわらず、血液がんの再発が確認された。そこで、がん再発の原因を明らかにするために、さらに以下の実験を行なった。

実験3 IC50とは生物活性の50%を阻害するのに必要な化合物の濃度のことである。治療前の血液がん細胞と再発後の血液がん細胞のそれぞれについて、化合物Yを段階希釈した各濃度に対するコロニー形成数を生物活性の指標としてIC50を算出した。その結果、(B)再発した血液がん細胞のIC50は、治療前の血液がん細胞と比べて約20倍も高い値であった

実験4 プラスミドベクターにクローニングした遺伝子を大腸菌に導入すると、大腸菌の増殖にともなって導入した遺伝子も複製されるので、多量の目的遺伝子を得ることができる。そこで、DNAの複製中に生じる(C)DNA配列の変異を修復する酵素(DNA修復酵素)の遺伝子が欠損した大腸菌株と正常な大腸菌株を用意し、それぞれに遺伝子X変異型を導入し培養することにより増幅した。

実験5 実験4で増幅した遺伝子X変異型を正常血液細胞に導入し、化合物Yを添加した軟寒天培地で培養したところ、正常な大腸菌株で増幅した遺伝子X変異型を導入した血液細胞はまったくコロニーを形成しなかった。一方、DNA修復酵素を欠損した大腸菌株で増幅した遺伝子X変異型を導入した血液細胞では、多数のコロニー形成が観察された。

実験6 実験5により形成されたコロニーの一つからDNAを回収し、遺伝子X変異型の塩基配列を調べたところ、もともとの変異に加えて新たに突然変異が認められた(以下、付加的突然変異とする)。そのコロニーから検出されたものと同じ変異が、実験2において再発した血液がん細胞においても検出された。以上のことから、(D)この付加的突然変異が血液がん再発の原因であると推察された

  • 問1 空欄( 1 )と( 2 )に入る適切な語句または数値を答えなさい。
  • 問2 酵素の反応に関する次の(1)と(2)の各問いに答えなさい。
    • (1)下線(A)のような阻害様式を何と呼ぶか、適切な語句を答えなさい。
    • (2)図は、酵素触媒関係式における酵素濃度[E]、基質濃度[S]、酵素基質複合体濃度[ES]が時間とともに変化する様子を表したものである。[E]と[ES]の和が総酵素濃度[E]tである。酵素触媒反応の時間経過における生成物濃度[P]の予想される推移を表す線を解答欄の図に実線で書き込み、図を完成させなさい。また、図の反応系に下線(A)のような化合物を酵素反応の始めから添加した場合、[S]の推移を表す線を解答欄の図に点線で書き込み、図を完成させなさい。(解答欄の図は次の図に同じ。)
      tokai-2013-biology-5-1
  • 問3 実験1の結果から、化合物Yは副作用の少ない治療薬となることが期待される。その理由を、句読点を含めて30字以内で答えなさい。
  • 問4 下線(B)から、再発した血液がん細胞はどのような細胞に変化したことがわかるか。句読点を含めて30字以内で答えなさい。
  • 問5 次の(イ)~(ニ)は、下線(C)で示したDNA修復の各段階を順不同で表したものである。正しい順番に並べなさい。また、(イ)の働きを担う酵素の名称を答えなさい。
    • (イ)DNA塩基対が鋳型鎖に相補的に形成される。
    • (ロ)変異のある塩基が認識される。
    • (ハ)新生されたDNA鎖と既存のDNA鎖を連結する。
    • (ニ)DNAに切れ目が入り、1本鎖の一部が取り除かれる。
  • 問6 下線(D)について、付加的突然変異により遺伝子X変異型から生成される酵素にどのような変化が生じたと考えられるか。句読点を含めて40字以内で答えなさい。