東京慈恵会医科大学化学2012年第4問
江戸時代から明治時代にかけて脚気(かっけ)は、ときに年間数万人の死者を出す原因不明の病気であった。エイクマン・フンク・鈴木梅太郎らの研究により、白米中心の食事では摂取できない未知の必須栄養素が存在することが明らかにされ、1911年、フンクはこの物質をビタミンと呼ぶことを提案した。これよりはるか以前の1883年、高木兼寛は、脚気の原因が白米中心の不適切な食事にあることに気づき、海軍の練習航海でこれを証明することで、その後の多くの国民の生命を救った。現在、ビタミンB1として知られるこの物質はチアミンと呼ばれ、1935年頃、その構造式1が決定された。チアミンは、グルコースの代謝分解に必須な物質で、グルコースの分解で生成するピルピン酸(構造式2)のカルボニル基にチアミン2リン酸のAの部分(チアゾリウムという)が付加反応した後、引き続く過程がアデノシン3リン酸(ATP)の生合成へと続く。したがって、チアミンの欠乏はATP不足を生み脚気を発症する。
同様に、生命に必須な物質に葉酸(構造式3)がある。ヒトは、この物質を生合成することはなく食事で摂取するが、細菌は生合成する。1932年、ドーマクはアゾ色素の薬理効果を研究して、$m$-フェニレンジアミン(構造式4)とジアゾニウム塩Cとの反応により合成されるプロントジル(構造式5)に抗菌作用があることを見出した。その後、この抗菌作用は、体内で分解生成する化合物D(構造式6)によることが明らかにされ、この構造に類似した、細菌の発育を阻止する一連の医薬品を$\fbox{ア}$剤という。この化合物Dの作用機構では、葉酸のBの部分の原料となる化合物Eと化合物Dの構造がよく似ているため、細菌の葉酸合成酵素が誤って化合物Dを取り込んで酵素基質複合体を生成してしまい、葉酸の生合成が停止される。ヒトには、葉酸を合成する過程がないので化合物Dはヒトにはあまり影響がないとされる。
合成的には、化合物Eは、トルエンから出発し、濃硝酸と濃硫酸の混酸と反応させた後、バラ置換生成物Fのみを過マンガン酸カリウム酸化あるいは二段階の空気酸化で化合物Gとし、塩酸とともに金属スズと反応させることで得られる。
- 問1 高木は脚気の原因が食事におけるタンパク質と炭水化物の比、すなわち食品に含まれる窒素:炭素の質量比にあると考えていた。白米100 gには、炭水化物77.1 g、タンパク質6.0 gが含まれる、白米の炭水化物がすべてデンプンであり、タンパク質が、すべてグリシンが縮合してできていると仮定するとき、白米の室素:炭素の質量比(1:$x$)の整数$x$を求めよ。なお、デンプン、タンパク質の重合度はいずれも、十分大きいとする。
- 問2 下線部のチアミン2リン酸のピルピン酸との付加反応を考慮すると、チアゾリウムの一種であるトリメチルチアゾリウムはピルピン酸に付加反応して構造式7のような双性イオンを生成すると考えられる。陽イオンであるトリメチルチアゾリウムの構造式を考えよ。
- 問3 空欄$\fbox{ア}$に入る適切な語句を記せ。
- 問4 化合物C E Gの構造式を記せ。